Masukそうして2本のペティナイフを購入すると、商店を出た。値段は良心的で、今まで意図して支給される金貨の数を減らされていた私にとっては、とてもありがたい。村だからこその価格設定なのだろうが、なんにせよこれで万が一の際における暗器も確保出来たことになる。
外に置いた武具を装備し直すと、そのまま巨躯の彼が立つ入り口へと向かう。雨で洗われたとはいえ、この鎧も一度血に塗れている。そろそろ一度水洗したいところではあるが、そのようなことをしている場合ではない。付近に川か泉なんかがあれば別だがあまり期待はしないことにする。 村の入り口には早朝と変わらず巨躯の彼が立っていた。岩陰で番人の責務を横着していた双剣の彼女とは違い、しっかりと腕を組んで入り口に立ち塞がっている。 だがしかし、そこには何故か兵士の姿があった。先日まで私も装備していた防具を身に着けたその兵士。何やら巨躯の彼と兵は互いに声を張り上げており、押し問答を繰り返しているようなのである。私にはどうしてカルムに首都を護るための兵士がいるのか分からず、その様を見つめていた。「だから、この村に
そうして2本のペティナイフを購入すると、商店を出た。値段は良心的で、今まで意図して支給される金貨の数を減らされていた私にとっては、とてもありがたい。村だからこその価格設定なのだろうが、なんにせよこれで万が一の際における暗器も確保出来たことになる。 外に置いた武具を装備し直すと、そのまま巨躯の彼が立つ入り口へと向かう。雨で洗われたとはいえ、この鎧も一度血に塗れている。そろそろ一度水洗したいところではあるが、そのようなことをしている場合ではない。付近に川か泉なんかがあれば別だがあまり期待はしないことにする。 村の入り口には早朝と変わらず巨躯の彼が立っていた。岩陰で番人の責務を横着していた双剣の彼女とは違い、しっかりと腕を組んで入り口に立ち塞がっている。 だがしかし、そこには何故か兵士の姿があった。先日まで私も装備していた防具を身に着けたその兵士。何やら巨躯の彼と兵は互いに声を張り上げており、押し問答を繰り返しているようなのである。私にはどうしてカルムに首都を護るための兵士がいるのか分からず、その様を見つめていた。「だから、この村にエメなんて奴はいねぇんだって」「分からない奴だ、あの女がここに昨日来ただろう? あいつを出せと言っているのだ」 兵士の言っていることを汲み取るとどうやら誰かを探しているようだ。そして、その誰かの名前は明らかに私の名前を告げていた。「失礼いたします。どうかされたのですか」 出せ。知らない。そんな嚙み合わない主張の間に割って入る。そういえば、巨躯の彼は私が名乗る前にその場を立ち去ったのだった。声に反応して、両者は私へと顔を向ける。特に兵士のほうは侮蔑をきわめた表情を二つの目に集め、私の顔を斜めに見返す。道端の吐瀉物でも見てしまった、そんな顔。「おう騎士様」 巨躯の彼はそう気さくに反応した。それに、私は頭を軽く下げることで返事とする。状況に反してあまりに気軽に返されたものだから、少し意外だ。今まで目の前の兵と言い争っていただけに、こちらにも苛ついた風に返事をするだろうと思っていた。「幽霊のくせに出迎えが遅いんだよ! いい身分になったもんだな」 怒りと苛立ちが含まれた声。
「何故、ですか」 そう問うと、店主は体をそのままに背後の階段を見る。「娘が怖がんだよ」 子供が怖がっているのは恐らく、声量も一因だろう。などとは口が裂けても言えない。余計なことを口にして処分された兵などたくさんいる。「……承知いたしました」 装備を解除する不安は若干あるが、そう言われたなら仕方がない。大剣の留め具を外し、地面に突き刺す。たしかに、大剣は店内に入るうえで私以外の者には邪魔になる。剣を地面に突き刺した音で、店内にいる者が驚異の眼をみはった。 そして腕当てから外していき、上半身の武装を解いたところで何故か店内で雑多なざわめきが起きていることに気が付く。肌着は着ているため、素肌は晒していないはずだが。「おいおい、待て待て待て!」 どうしてか、その声色には奇妙な焦燥感が含まれていた。そもそも声量の大きい彼がさらに声を張って、村人たちは耳を押さえる。昨日聞いた汽笛にも勝る声量に、かたかたと商品棚が揺れた。「いかがされましたか?」 私の手はちょうど腰当を外そうとしていたが、そんなにも大きな声を出されたら止めざるを得ない。「いかがなされた、じゃねぇよ! こんなところで脱ぐんじゃねぇ!」「ですが鎧を外すよう言われましたし、それに肌着も着ています。猥褻な恰好を晒すわけではないので……」「そうじゃねぇ。入り口でそんなことされたら邪魔だっつってんだよ」 なるほど。幸い誰も入店がなかったため阻害にはなっていなかったが、決して広いわけではない出入り口で装備を解除するべきではなかった。剣と鎧を持ち込むなという言葉を優先してしまったため、たしかにその怒声は道理だ。上官が武装解除と言えばその場で鎧を外すことが当たり前であった私には、その配慮は欠けていた。「……失礼しました」 一瞬だけ、ここへやって来るときに着ていた洋服のことが頭をよぎった。恐らく村内を散策するのに印象がいいのはあの装いだろう。だが、あんな動きづらい服で歩き回っていてもしもの事があった場合を
「作ってあげたらいいじゃん、鞘」 鍛冶屋の背後からロラが現れる。その手には鉄のトレーを持っていて、焼き立てのパンとサラダが乗っていた。時折物音があったのは、どうやら鍛冶屋の朝食を作っていたためらしい。「騎士様困ってるみたいだし」「知らないよそんなの、僕には」 同意だ。私だって、剣と鞘は一対で作りたいという意思なんて知ったことではない。たた、これ以上ロラに借りを作るわけにはいかないので、割って入ることにした。「あの、剣と鞘であれば作って頂けるのですか」 もともとどうしても、というわけではない。私が諦めることでこの面倒が解決されるのなら、躊躇なく引き退がろう。「……いいよ」 私の不意の一言に一瞬口を緩ませるが、すぐに硬く結び直してそう答える。「背中のそのサイズでいい?」 鍛冶屋が指を差しながら問うたため、「はい」と喉の奥で応えながら頷いた。必要なことだけを淡々と話す彼女との会話はとても楽だ。考え方の相違を除いてだが。「いいの? 騎士様」「はい」 どうしてという表情で首を傾げてみせる。指先を唇に当てて、街娘みたくこれ見ようがしに。少しの間そう考えたあと、やがて自分の中に落とし込んだのか得意な屈託のない笑みを浮かべる。「騎士だからって優先は出来ないよ」「構いません」 彼女は鍛冶の役目を負ってこの村にいるのだ。いくら私がある程度地位を所持していようと、それは変わらない。なら彼女の言うことは道理である。それに私の中で優先順位はさほど高くないことから、納得も容易だった。 そうなると、もうこの場所に私は要らない。「騎士様、先に帰ってて。あたしはもうちょっとすることあるから」 言いながら、自然に鍛冶屋の肩に両手で触る。心を読み取ったかのようなタイミングだった。鞘の話は一応ひと段落着いたのだから、当然と言えば当の流れだが。 彼女のために用意された麻袋の件もあるだろうが、朝食を用意するくらいだ。よほど親密な関係なのだろう、ぺたぺたと触るロラを嫌がる素振りはない
私の予想に反して、村人から後ろ指を指されるということはなかった。まだ白髪のことは口伝されていないのだろう。 私が白髪であることを明確に知っている者はこの村に2人いる。巨躯の彼とロラ。2人共会話出来る程度の間柄だが、私が白髪だと吹聴しないという確証はない。 だが、いずれ蔑まれる。 どれだけ好意的に接して来ようが、ロラには住まいを提供してもらっている。そして現在は鍛冶屋に案内してもらっている。それだけでいい。 彼女ならそんなことはしない、などと、そんな期待をするだけ無駄なのだ。 そんな私にも、村中を歩けば話しかけられた。恐らくロラといるからだろう。ようロラか、やあ騎士様。それに、私は「おはようございます」という挨拶をして軽く頭を下げる。習慣的な動作だった。 ロラは話しかけられるたび、その人物と一言二言と言葉を交わした。その1つ1つは短い会話だが、明るく愛想のいい印象を受ける。よすぎて、社交だけとさえ思える。それほどきちんとした笑顔だった。 そうして歩を滞らせながら進むと、前方から知った顔がやって来る。しっかりこちらの存在を認知しての足取りだ。目が合うと「おう」という声を寄越した。 村長だ。 昨日腰に差していた剣はない。手を上げ、挨拶の意を示しながら村長は私達の目の前までやって来た。「おはようございます」 軽く頭を下げる。「おう騎士殿、お疲れさん。だがもう昼前だぜ」 そう言って、唇に微笑みが影のように動いた。「申し訳ありません。兵士であった時代は、時間帯に関係なくその日初めて会う場合これが挨拶だったものですから」 なるほどな。軽い微笑みを右の頬だけに浮かべながら、村長はそう言った。確かに、近しい間柄同志なら朝以外におはようという挨拶は変だ。先ほどの村人のように、「よう」や「やあ」と言ったほうが違和感はない。「リアムから聞いたよ、騎士殿。初っ端から夜通したぁ感謝する他ねぇな」 快活らしく笑う。 私はその呵呵とする様子を他人事のように伏し目ながら見ていた。感謝する他ない。そんなことを言われても、しなくてはならない
トントン、と階段を上ってくる音。「あっ、ダメだって騎士様。ちゃんと休まなきゃ」「ちょうど目覚めてしまいまして」 嘘ではない。「あれからまだ二時間くらいしか経ってないんだから、ちゃんと寝なきゃダメだよ」「眠くはないのです」「じゃあ横になって眼を瞑るだけでもいいからさ」 言われたとおり眼を閉じると、窓から差し込む光が瞼に赤く突き刺さる。瞼の内側は時間がそのままひっそりと止まってしまったかのような場所で、横になって眼を閉じているという状態から歌うたいのことを想起させた。「眠れそう?」「いいえ。申し訳ありません」 苦笑するのが聞こえた。何に対しての苦笑なのだろう、よく分からない。面白かったのか、笑われたのかすら。「そっか、じゃあ少し話さない? そのままでいいからさ」「忙しいのでは」「いいからいいから」 そう言ってロラは、自分の寝床に腰掛けた。正直に言えば、私と会話をしても面白くはないと思う。それに会話の引き出しも全くと言っていいほどない。しかし、ロラがそれで満足するというのなら、断固として拒否するという理由もない。 それから、時間は穏やかな風みたいに流れた。ロラは自分の話をしながら、時折私のことを聞いた。両親はもう幼少の頃に巨狼に襲われていないこと、それからずっとここで治癒師をしながら暮らしていること。こうして人と会話するのは単なる趣味で、別に仕方なく私の相手をしているわけはないらしい。 元来の性格なのだろうが、こうして明るく振る舞い聡く生きている。それだけで、私とは真逆の存在だ。私は分からないことが多く、なおかつ気の利いたことも言えない。兵士として拾われて、選択肢もなかったためそれだけしか知らないのだ。 結果的にそれが村の脅威の排除に繋がった。巨狼は幾年にも亘ってカルムを悩ませる存在だったらしく、夜にも関わらず村の火をほとんど消してしまうのはそういった理由からだという。過去に二度、一匹を一世代前に、もう一匹を自警団の者が討伐したというが、危険な存在のため基本的には寄ってこないよう最低限の灯りで夜を生きてきたらしい。私としては責務を果
足場が崩れたような、そんな感覚に陥った。急いで頭を触って確認すると、確かにフードは取れている。先刻の戦闘によって取れ、それにしばらく気づいていなかったのだ。 さっとフードを被り直す。「……失礼いたしました」 偶然に不思議を見つけた子供のような好奇なあきれた顔つき。少なくとも、私には巨躯の彼の表情はそう見える。首都にいた頃に嫌というほど見た顔だった。そしてその後、決まって嫌悪したような顔つきへと変化するのだ。表情に出なくとも、玩んでいい物として認識するに決まっていた。 その前に、この場を後にする。嘲笑は聞こえないことにしたほうがいい。別に聞こえたところで何ということはないのだが、聞かないことに越したことはないだろう。 嗤いが、少しでも足を止めると、後ろから追いかけてきそうだと思った。巨躯の彼が何か言っているような気がするが、気にしてはならない。どうせ、珍獣を見たような感想に決まっている。村という決して広くないコミュニティだ。ロラの家へ戻り、休息を終えた頃には村中に広まっているだろう。 どうということはない。 コミュニケーションが円滑でないことは、今に始まったことではない。そもそも良い関係になることなど考えていない。例え村人にどう言われることになろうが、ここを護ることが出来ればいいのだ。私は、それでいい。 その足で村の中を進んでいくと、朝日が昇ったばかりの時刻だからか出会う住民もあまり多くない。少ないながらも話しかけてくる者もいたが、決まって昨夜は狼がうるさかったという話だった。 ロラの家へ入る。早朝という時間からあまり物音を立てないよう扉を開けたのだが、彼女は既に起床しており、家に入った途端に詰め寄られてしまった。「ちょっとちょっと騎士様、初日から朝帰り? しかもなんなのその傷!」 頬の傷指しているのだろう、私の顔を指差してそう言う。「入り口で警護をしていたもので。この傷はそのとき狼に」「狼!? 野生動物から負った怪我なんて絶対危ないやつじゃん! 治すからここに座って」 言いながら、作業台の椅子を何度か叩いてここへ座るよう示した。大した怪我では